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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)5868号 判決 1980年10月08日

原告 松本秀夫

原告 林俊夫

右両名訴訟代理人弁護士 高田晃男

被告 小南馨

右訴訟代理人弁護士 橋本崇志

右同 磯野英徳

主文

一、原告松本秀夫、被告間において、大阪法務局所属公証人山田四郎作成昭和五〇年第三四三五号公正証書記載の昭和五〇年一二月一一日締結の金銭消費貸借契約にもとづく原告松本秀夫の被告に対する元金三二四万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭の債務が存在しないことを確認する。

二、原告林俊夫、被告間において、前項の公正証書により昭和五〇年一二月一八日締結の連帯保証契約にもとづく原告林俊夫の被告に対する元金三二四万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭の債務が存在しないことを確認する。

三、被告は、原告松本秀夫に対し、金八七万円およびこれに対する昭和五三年一〇月三日から支払済まで年五分の割合により金員を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文第一ないし第四項同旨

2. 右第三項につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告松本の母で、原告林の義母である松本優子(以下、優子という)は、昭和四六年一二月一七日、被告との間で、優子の被告に対する三二四万円の債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結した。

2. 原告松本は、昭和五〇年一二月一一日、被告との間で、優子の被告に対する右準消費貸借契約上の三二四万円の債務(以下、旧債務という)につき債務者を優子から原告松本に変更し、原告松本が右債務を履行する旨の更改契約を締結し、原告林は、被告との間で、原告松本の被告に対する右債務を原告が連帯保証する旨の契約(以下、これらの契約を本件契約と総称する)を締結し、原告らと被告間で同月一八日、本件契約につき大阪法務局所属公証人山田四郎作成昭和五〇年第三四三五号公正証書(以下、本件公正証書という)を作成した。但し、本件公正証書には原告松本、被告間の契約は同月一一日成立の元金三二四万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭の金銭消費貸借契約として、原告林、被告間の契約は同月一八日成立の右金銭消費貸借契約上の債務の連帯保証契約として、それぞれ記載されているが、利息、損害金の約定は当初から存しない。

3. 本件契約は、その目的とされた旧債務が次のとおり代物弁済により消滅しているから、無効である。

(一)  優子は、昭和四八年九月二六日、被告との間で、優子の被告に対する旧債務の弁済に代えて優子所有の別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)の所有権を被告に移転する旨の代物弁済契約を締結し、同日、被告に対し、本件土地の権利証、優子の委任状、印鑑証明書等所有権移転登記手続に必要な一切の書類を交付した。

(二)  仮に右代物弁済契約成立が認められないとしても、旧債務は左の代物弁済によって消滅した。その経緯は次のとおりである。

(1) 被告は、優子から受取った本件土地の所有権移転登記に必要な書類を右受領の数日後に五十嵐に交付した。

(2) 五十嵐は、優子の委任状が白紙であったのを利用して、本件土地につき大塚興産株式会社に所有権移転登記し、その後本件土地の登記名義は同会社より岡本利雄、徳永忠彦に順次移転された。

(3) 被告は、優子に対し、大塚興産株式会社、岡本利雄、徳永忠彦に対する本件土地の右各所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起するよう依頼し、優子が勝訴して本件土地の所有名義を回復することを条件に被告が優子の旧債務の弁済に代えて本件土地を譲受ける旨申入れ、優子はこれを承諾した。

(4) 優子は、昭和五一年一月一四日、被告の紹介によって片山俊一弁護士に委任し、大阪簡易裁判所に右抹消登記請求訴訟を提起し、昭和五二年一月二七日、優子勝訴の判決が言渡され、右判決が確定したので、昭和五三年五月二〇日、大塚興産株式会社、岡本利雄(但し、被告はその承継人)および徳永忠彦の本件土地についての各所有権移転登記の抹消登記をなした。

(5) 右抹消登記により、優子と被告間の右代物弁済契約は、停止条件が成就して効力を生じた。

4. 仮に右旧債務消滅の主張が認められないとしても、本件契約は、次の理由により、効力を生じない。

(一)  原告らと被告間の本件契約は、優子が本件土地の所有名義を回復することを解除条件とする契約であり、昭和五三年五月二〇日、右解除条件が成就した。

(二)  本件契約は、優子の旧債務について、原告松本と林圭子(原告林の妻)が法律上有効に連帯保証していることを前提として締結されたものである。しかし、右連帯保証契約当時原告松本(昭和二九年三月二〇日生)、林圭子(昭和二七年一二月三日生)はいづれも未成年者であったから、右行為は親権者と子の利益相反行為として特別代理人の選任および同意を必要とするのにこれがなかった。ところが、原告らは、昭和五〇年一〇月ころ、被告から旧債務についての借用証書のコピーを示され、原告らの右連帯保証が有効になされたものであるとの錯誤に陥って被告との間に本件契約を締結し、本件公正証書を作成した。したがって、本件契約は原告らの要素に錯誤のある意思表示にもとづくもので無効である。

(三)  原告松本は、昭和五〇年一〇月ころ、被告の意を受けた暴力団員の前川から数か月にわたり、日夜旧債務支払の強迫電話を受け、原告松本の妻智恵子がノイローゼになったので、原告林に相談のうえ、やむなく、原告らが被告との間で本件契約を締結し、本件公正証書作成に応じたものである。そこで、原告らは、被告に対し、昭和五五年四月二日付準備書面(同年三月三一日送達)により、本件契約を強迫によるものとして取消す旨の意思表示をした。

(四)  被告は、優子に対する旧債務の支払要求の中で、しばしば、肉体関係を強要しており、このことをうすうす知っていた原告らは、これ以上母親に心配をかけないため、優子に相談もしないで本件契約締結と本件公正証書作成に応じたものである。しかも、被告は、暴力団員の前川を通じて原告らを畏怖させ、無効の借用証書のコピーを示して原告らを困惑させている。これらの被告の行為は公序良俗に反するものであり、それにより成立した本件契約は無効である。

5. 原告松本は、被告に対し、本件契約にもとづく債務の弁済として別表記載のとおり合計九〇万円を支払った。

6. よって、原告松本は、被告に対し、本件公正証書記載の昭和五〇年一二月一一日締結の金銭消費貸借契約にもとづく原告松本の被告に対する元金三二四万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭の債務が存在しないことの確認と不当利得返還請求権にもとづき前記5のうち金八七万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年一〇月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告林は、被告に対し、本件公正証書により昭和五〇年一〇月一八日締結の連帯保証契約にもとづく原告林の被告に対する右同額の債務が存在しないことの確認をそれぞれ求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実中原告らと優子の親族関係および被告が昭和四六年ころ優子に対して三二四万円(元金)の貸金債権を有していたことは認める。

2. 請求原因2の事実中原告らが被告に対して三二四万円の債務を負担し、主張の内容の本件公正証書が作成されたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告らと被告間では利息年一割五分、損害金日歩八銭とする旨の合意があった。

3. 請求原因3(一)の事実中本件土地が優子の所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。同3(二)の事実は否認する。

4. 請求原因4の事実は否認する。

5. 請求原因5の事実中別表番号11記載の支払は否認するが、その余の事実は認める。

第三、証拠<省略>

理由

一、<証拠>を総合すると、優子は、原告松本および原告林の妻圭子の母である(この事実は当事者間に争いがない)が、昭和四六年ころ、婦人服の縫製工場を経営し、金融業を営む被告から継続的に金員を借入れ、同年一二月一七日ころ借入元金が合計三二四万円になったこと、優子は、同日ころ、被告との間で、優子の被告に対する右三二四万円の借入金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結した(優子が昭和四六年ころ被告に対して三二四万円の債務を負担していたことは当事者間に争いがない)こと、原告松本は、昭和五〇年一二月一一日ころ、被告との間で、優子の被告に対する旧債務につき債務者を優子から原告松本に変更し、原告松本が右債務を昭和五一年一月から完済まで毎月末日に三万円づつ割賦弁済し、利息年一割五分、損害金日歩八銭とする旨の更改契約を、原告林は、同日ころ、被告との間で、原告松本の被告に対する右債務を原告林が連帯保証する旨の契約(以上が本件契約)をそれぞれ締結したこと、原告松本は、同月一八日、本人兼原告林代理人として、被告との間で、本件契約につき本件証書を作成し、本件公正証書には、原告松本、被告間の契約は同月一一日成立の元金三二四万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭の金銭消費貸借契約として、原告林、被告間の契約は同月一八日成立の右金銭消費貸借契約上の債務の連帯保証契約として、それぞれ記載された(原告らと被告間に右内容の本件公正証書が作成されたことは当事者間に争いがない)ことが認められ、原告ら各本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右できる証拠はない。

二、原告らは、本件契約はその目的とされた旧債務が代物弁済により消滅しているから無効である旨主張するので、この点について判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1. 優子は、本件土地を所有していた(この事実は当事者間に争いがない)が、昭和四八年九月二六日ころ、当時勤めていた大塚興産株式会社を経営していた五十嵐正夫を通じて、被告に対し、旧債務の弁済に代えて本件土地の所有権を被告に移転したい旨を申入れた。被告は、五十嵐が従前被告経営の大阪農産株式会社に勤務していた関係で五十嵐とは旧知の間柄でもあり、被告の右申入を承諾したので、五十嵐は、同日、被告に対し、優子から預ってきた本件土地の権利証、優子の白紙委任状、印鑑証明書等本件土地の所有権移転登記に必要な一切の書類を交付した。優子は、その直後に五十嵐から報告を受けて被告に電話して、代物弁済契約締結についての礼を述べたところ、被告もこれで旧債務は決済が終った旨を確認した。

2. 被告は、五十嵐から受領した優子の印鑑証明書の有効期限に十分余裕があったので、直ちに本件土地についての所有権移転登記手続を行うことなく放置していたところ、五十嵐は、昭和四八年九月末ころ、優子には無断で、被告方に赴き、被告に対し、本件土地に買手がついたから、現金で旧債務を返済することにしたので、本件土地についての右登記書類を返してほしい旨申入れてきた。そこで、被告は、五十嵐の右申入が優子の意向によるものと考えて、優子にはその意思を確認することなく、五十嵐に対し、直ちに右登記書類を返還した。

3. 五十嵐は、優子に無断で、右登記書類を冒用して、本件土地につき昭和四八年一〇月一五日大塚興産株式会社に所有権移転登記を行い、ついで同日岡本利雄に、同年一二月二七日徳永忠彦に順次所有権移転登記が経由され、その後五十嵐は所在不明となった。

4. 優子は、本件土地の代物弁済によって旧債務が消滅したと信じていたところ、昭和五〇年に被告から本件土地が被告所有名義に登記されていないことを聞かされ、本件土地の所有名義を優子名義に回復するよう、回復したときには当初の約束どおり被告が本件土地を取得して旧債務をないものとする旨の申入れ受けた。優子は、昭和五一年一月一四日ころ、当時既に被告が原告らと本件契約を締結し、本件公正証書を作成していたことを知らされていなかったので、被告とともに被告の知合の片山俊一弁護士の事務所を訪れ、被告の紹介により、弁護士費用は自らの負担で同弁護士に訴訟提起を委任し、その際、被告の要求により、本件土地の所有名義が優子に回復したときは本件土地を被告に無償譲渡するから、旧債務は決済終了として処理してほしい旨記載した「念書」と題する書面を同弁護士に差入れた。そして、優子は、昭和五一年三月一九日、大阪簡易裁判所に対し、大塚興産株式会社、岡本利雄の承継人および徳永忠彦を相手として本件土地についての右各所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起し、昭和五三年一月二七日、優子勝訴の判決が言渡され、右判決は同年二月二二日確定したので、同年五月二〇日、右各所有権移転登記の抹消登記を了した。

5. その後、優子は、片山弁護士を通じて被告に対し、本件土地につき被告に所有権移転登記をする旨を申出たところ、被告は、先の約束を覆えして、本件土地を旧債務の代物弁済として取得する意思がない、本件契約にもとづき原告らから債務の取立を行う意向である旨を表明するに至った。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は容易に措信できず、他に右認定を左右できる証拠はない。

右事実によると、優子は、昭和四八年九月二六日ころ、被告との間で、旧債務の弁済に代えて優子所有の本件土地の所有権を被告に移転する旨の代物弁済契約を締結し、同日、五十嵐を通じて被告に対し、本件土地の権利証、優子の登記用の白紙委任状、印鑑証明書等被告への所有権移転登記に必要な一切の書類を交付して、被告において被告名義或いは被告の指定する第三者名義に所有権移転登記をなすことができる状態にしたうえ、被告との間で旧債務が消滅したことを確認したのであるから、優子と被告との間では本件土地につき被告への所有権移転登記に必要な一切の書類を交付したときには登記手続の実行をまたないで直ちに代物弁済による旧債務消滅の効力を生ぜしめる旨の特約がなされたものと認めるのが相当であって、同日、右登記書類の交付によって代物弁済の効力が発生し、旧債務は消滅したものといわなければならない。

もっとも、右事実によると、その後本件土地については、被告名義に所有権移転登記がなされず、五十嵐が右登記書類を冒用して優子より大塚興産株式会社に所有権移転登記をなし、ついで岡本利雄、徳永忠彦に順次所有権移転登記が経由されたものではあるが、それは、被告が本件土地の被告への所有権移転登記手続をいつでもできると考えて放置している間に、五十嵐に右登記書類を騙取されたためで、被告の不注意によるものと考えられる(被告は、代物弁済契約直後に原告から本件土地による代物弁済に関する謝礼の電話を受け、自ら優子に対し、代物弁済成立による旧債務の消滅を確認していたところからみて、そのわずか数日後に五十嵐が本件土地を他に売却して現金で旧債務を弁済する旨右代物弁済の結果を覆えす話を持込むのは不自然であるから、五十嵐の申出に対しては当然疑念を抱いてしかるべきもので、かつその真否を優子に電話で確認することは極めて容易であったと思われるのに、その確認の措置をとらなかったことは不注意であったとのそしりを免れない)から、その結果、本件土地につき右第三者名義に所有権移転登記がなされたからといって、当然に前記の代物弁済による旧債務消滅の結果が失われるものとはいえない。しかも、右認定の事実によると、被告は、本来本件土地の所有権者として大塚興産株式会社、岡本利雄および徳永忠彦に対する所有権移転登記の抹消登記請求訴訟を自ら提起追行してしかるべきであるのに、本件土地の前所有名義人の優子に対し、優子において登記名義を回復すれば、当初の契約どおり本件土地を被告が取得して旧債務を消滅したものと処理すると称して、右訴訟を提起するよう要求して本件土地の取戻に協力させるとともに、他方では優子には秘して原告らに本件契約の締結と本件公正証書の作成をさせたうえ、優子が被告の要求どおり右訴訟に勝訴して登記名義を回復するや先の約束を一方的に覆元して代物弁済の成立を否定するに至ったものであることがうかがわれるのであって、このように、被告が一旦代物弁済により本件土地の所有権を取得し、登記可能な立場を取得しながら、右の経過によって登記名義が第三者に移転したといういわば自己の不注意による結果を理由として(しかも結局登記名義は優子の負担によって優子に回復され、優子はこれを被告に移転する意思を示している)、先に優子との間で成立した代物弁済の効果を一方的に覆えすことは不当であって到底許されないというべきである。

そうすると、旧債務は右代物弁済により昭和四八年九月二六日ころ消滅したものであるから、原告松本、被告間の更改契約および原告林、被告間の連帯保証契約はいずれもその効力を生じないものである。したがって、原告らの本件公正証書記載の債務不存在確認請求は、原告らのその余の主張につき判断するまでもなく理由がある。

三、原告松本は、被告に対し、本件契約にもとづく債務の弁済として別表(但し、番号11を除く)記載のとおり合計八七万円を支払ったことは当事者間に争わないが、本件全証拠によっても原告松本が被告に対しほかに別表11記載のとおり三万円を支払ったことを認めることはできない。

原告松本、被告間の本件契約は無効であることは前記二で判示したとおりであるから、原告松本は、被告に対し、不当利得返還請求として、右八七万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものである。

四、よって、原告らの請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

<以下省略>

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